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日々是ジャグリング

ジャグリングを通じて感じたこと考えたことを綴っていきます。

"銀杏"で助走して"ドーナツ"にジャンプ?―関西ジャグラーにとっての『いちょう祭』

どうも、ゴ~チョです。
GWですね。今年は飛び石で微妙な感じですが。
僕はこの時期に毎年行くところがあります。
大阪大学の大学祭『いちょう祭』です。
今年は4月30日()と5月1日(月)の開催です。

ichosai.com


いちょう祭では、僕が学生時代に所属していたジャグリングサークルPatio
一般公開の出し物をしており、主にそれを観に行きます。

 

なぜ五月にイチョウ

大阪大学はこの『いちょう祭』と秋の『まちかね祭』の年2回、大学祭を催しています。

  • なぜイチョウが色づく秋の祭りが『いちょう祭』ではないの?
  • なぜ5月の祭りが『いちょう祭』なの?

と、疑問に思われる方もいるかもしれません。(僕も初めは思いました)

実はもともと大阪大学には創立記念日の5月1日を祝うお祭りしかなかったそうです。そして、イチョウ大阪大学のシンボルマークです。大学唯一の祭りに、大学のシンボルの名前を冠するのはごく自然なことですね。
あとからできた秋の大学祭に学内公募で名前を付けられたのが『まちかね祭』です。
ちなみに「まちかね」は豊中キャンパスがある地名の「待兼山」に由来します。

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"いちょう"が元祖で、"まちかね"はいわば後輩。
ですが、祭りの盛り上がり具合は"まちかね"の方が盛況な印象です。
というのも、いちょう祭が催されるのはGW近辺。その時期に下宿生は里帰りをしたり、部活やサークルは合宿を計画するため、出店・出展する団体の絶対数が、まちかね祭より少なくなりがちなんです。催事期間も、いちょう祭は2日間、まちかね祭は3日間と、"まちかね"の方が長く、気合が入っています。

ジャグリングサークルPatioにとっての『いちょう祭』

阪大のジャグリングサークルであるPatioは、いちょう祭でもまちかね祭でも同じように屋外の一画を借りて出し物をしています。幅広の階段をステージに見立てて、大道芸ともステージショーともつかない不思議な出し物を毎年披露しています。


2016いちょう祭 トレロ・カモミロ

彼らの熱量としては"いちょう"も"まちかね"も基本的に変わりありません。
僕が学生の頃は「"いちょう"は新入生歓迎の意味をもつ」と個人的に思っていたので、いちょう祭のときは

  • サークルに取り込んだ新入生によいお手本を示す
  • 取りこぼした新入生へのダメ押しの勧誘をする

といったようなつもりで、マニア受けよりもパフォーマンスとしての楽しさ・わかりやすさを重視してルーチンを作っていた記憶があります。

ジャグラーにとっての『いちょう祭』

いちょう祭は、関西の(は言い過ぎか...近畿圏、いや、京阪神の)マチュアジャグラーにとっては、ちょっとした恒例行事になっていると思います。OB・OGもこの日に集まり、簡単な同窓会が発生することも多々あります。

ここで、ジャグラーでない方には紹介の、いちょう祭常連ジャグラーには確認の意味も込めて、ジャグラーにとって「いちょう祭」がもつ意義について、整理したいと思います。

京都に向けての助走?

いちょう祭から約一週間ほど後に、今度は京都大学Juggling Donutsが主催するJDLJuggling Donuts Live)というステージショーがあります。

これの完成度が高いのです。毎年このJDLのステージを観るために、日本全国東西プロアマ問わずジャグラーが京都の文化ホールに集結するほどです。
京大には学力だけでなくジャグリングでも敵わないのか...とPatioの面々は毎度辛酸を舐めたり舐めなかったり。

いちょう祭は、そんなJDLに向けて観賞のテンションを上げていくための
いわば"オードブル"。


と捉えることもできます(卑屈が過ぎるかもしれませんが)

チャンピオンシップ挑戦者のお披露目

JJFチャンピオンシップという、現段階において国内で最も権威あるジャグリングの競技会があります。毎年ではありませんが、Patioにもそのチャンピオンシップに挑戦すべく腕を磨く学生がいます。いちょう祭はチャンピオンシップの数か月前に催されるため、挑戦者が肩慣らしにその挑戦作品をお披露目する場にもなっていたりします。

学外にも門戸をひらく披露の場

いちょう祭・まちかね祭ともにPatioの出し物には「有志・ゲストステージ」という枠があります。これは、他の大学祭でもあまり聞かない、阪大Patioならではのシステムだと思うのですが、名乗り出ればPatioでない人でもステージエリアに上がって自分のショーを披露することができるのです。最近では希望者が殺到しすぎたため先着の事前公募制になりましたが、僕が学生の頃は本当にその場のノリでOBのスゴイ先輩や他大学のスゴイ人がポンと出てルーチンを見せる。という感じでした。サークルの垣根を越えて演者と観客が入れ替わる、一種のダイナミズムをもった奇妙な風習です。

かなり下の後輩の中には、ゲストステージに出た他大学の学生のルーチンを観て感動し、その人がPatioのメンバーだと勘違いしてPatioに入会した。という嘘のような本当のエピソードの持ち主がいたりします。

興味をもった、次の一歩に『いちょう祭』

さて今回は、阪大いちょう祭についてジャグラーの偏った目線で書きました。
Patioの出し物は、なにぶん学生のお祭りなので内輪ネタが頻発するきらいはあるものの、投げ銭要らずで気楽に見られますし、個人的には充分楽しめるものだと思います。

 

ジャグリングに興味が出てきたけど、練習会に参加するほど自分が練習したいわけじゃないし、大道芸を観に行くのはちょっとハードルが高い...

 

という方には、いちょう祭はちょうど良いのではないかと思います。
団体のHPやTwitterでショースケジュールも開示していますので、
もしご都合がよろしければ、ふらっと立ち寄ってみてはいかがでしょうか(もはや手前ですらない手前味噌)

大阪大学ジャグリングサークル Patio

大阪大学ジャグリングサークルPatio (@Patio_jug) | Twitter

ではまた!

ゾンビの言い分―『オタクイズデッド的ジャパニーズジャグラーズイズデッド論』に対する僕の見解

どうも、ゴ~チョです。

ジャグラーは職人気質というか口下手というか、ブログ書きの人があまりいないですね。その中でも山本健一さんとはほぼほぼ同年代でジャグリングを始めた時期も重なっているという認識。僭越ながら勝手に親近感を抱いていました。

その山本さんが最近投稿した記事がこちらです。

bonjincircus.link

ジャグラーズイズデッドについて

岡田斗司夫氏の「オタクはすでに死んでいる」になぞらえて、ジャグラーも気質的に類似の過程をたどっているのではないかとする説を展開しています。

オタクはすでに死んでいる (新潮新書)

オタクはすでに死んでいる (新潮新書)

 

 

僕は恥ずかしながらこちらの新書を読んだことがなく(それどころかこの記事で初めて岡田氏の存在を知ったほど)、その辺の事情に疎いのですが、新書の元となった講演の内容が本人名義でYoutubeにあったので拝見しました。


オタク・イズ・デッド 岡田斗司夫クロニクル#1

 

僕なりの解釈で、まとめるとこうなります。

 

第1世代(貴族意識)第2世代(エリート意識)オタク達は、ミリタリー、鉄道、漫画、アニメ等々ジャンルを超えて「自分の好きなことを自分の意思で選び取る精神力と知性をもった者たち」という緩やかな共同概念を持っていた。しかし一部のオタク産業(アニメや漫画)の爆発的な拡大とともに生まれた第3世代(自意識)オタクは、「みんなは関係なく自ら選んだ」という一種の矜持を持ち合わせていない。そのうえ、オタクであることにアイデンティティを見出すために互いの差異ばかりを気にしており、従来までの共同概念は崩れつつある。

 

そして、岡田氏が「オタク」崩壊を感じたきっかけとして挙げられた2人の若者世代とのエピソード(推しの声優について熱く語るが、声優を呼ぶイベントを自ら企画することについては及び腰な青年。オタクをカミングアウトする前から迫害を恐れ、周囲に態度を変えるよう要求する少年。)から、

"いっぱしに主張はするが、自ら行動を起こさず世間が動くことを期待している"

という特徴も、供給の拡大により専ら消費側にまわる第3世代の、旧世代との差としてとらえることができるでしょう。

岡田氏のこの主張はある側面では第1世代第2世代がそのとき抱いていた違和感をうまく代弁していたのではないかなと思います(あくまで引用元の内容確認をしたかっただけで本筋とは異なるため、またこの議論について語る言葉を持ち合わせていないのでこれ以上の言及は慎みます)
ただ、そこから展開された山本さんの「ジャグラーズイズデッド」理論を読んで最初に抱いた印象は「モヤッ」でした。この「モヤッ」の原因について、もう少し掘り下げてみたいと思います。僕としては山本さんと同じ世代だと思っているので、半分は生きてるが半分死んでる"ゾンビ"の言い分ということで。

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死んだ?いや、増殖?

まず、「○○が死んだ」というためには、○○がどのようなものであるのかを確認する必要があります。

では、「ジャグラー」の定義はどうでしょうか。
ここで辞書的な定義を持ち出しても山本さんの意図とはずれる気がします。
記事から推察するに、

ジャグリングを趣味・特技とし、かつ

  1. 世の流行りものからコンセプトを借りずにジャグリングの魅力を語る作品をつくり演じる人
  2. コンテンツを享受するのみならず、自ら行動して好きなものを共有・発信する気概を持つ人

といったところでしょうか。

コンセプトを借りたのか、席を譲ったのか

...コンセプト...流行りもの以外をもってくる場合、何を持ってくれば正解なのでしょうか。「借りる」ということは、ジャグリング自体がコンセプトであることが本来だということかもしれません。ここで少し世代間の違いが見えてきました。これは、ジャグリングを手段とみるか目的とみるかの違いではないでしょうか。

ジャグリングを見せたい、ジャグリングで見せたい

恐らく2011年JJFチャンピオンシップの北村慎太郎さん(それ以前にも予兆はあったのかもしれませんが)あたりをきっかけに、歌詞の世界観をジャグリングで表現できたときのカタルシスみたいなものにジャグラーが気づき始めたのだと思います。"ジャグリングをみせるために曲をかける"というようにあくまで目的、コンテンツだったジャグリングが、"曲の世界観を表現するためにジャグリングを用いる"といった手段としてのジャグリング、ある種のメディア(媒介)としてのジャグリングと捉える選択肢を得ました。ジャグリングが居座っていた「コンセプト」の席は空になり、そこには「恋ダンスの和気あいあい感」や「RADWIMPSの世界観」なども入れられるようになります。

 

ジャグリング"を"見せる「ジャグラー」がいなくなり、ジャグリング"で"見せる人が台頭してきた。ジャグリングをコンセプトとする、ジャグリングのためのジャグリングの作品はつくられなくなった。という論旨でいけば、なるほど「ジャグラー」は死んだのかもしれません。いや、本当にそうでしょうか。

"で"しか作らなくなるのか

というのも、"で"見せる人が急増したとしても、"を"見せる人が絶滅するとは僕には到底思えないからです。コンセプトとしてのジャグリングも、メディアとしてのジャグリングも、どちらも甲乙つけがたいジャグリングの魅力です。恋ダンスを踊ったPatioの学生たちも、RADメドレーに作品を送ったジャグラーたちも、ジャグリング"を"見せる作品は一切つくらない、ということはないはずです(根拠を提示できていないので主張として弱いですが...)
「俺はそんな大衆に媚びるような作品はつくらねぇ!」という職人気質の人も大事なのだけど、ポップカルチャーと交わった作品をつくったジャグラーに「お前らはジャグラーとして死んでる!」というのは、むしろ「オタク」という共同概念を死に追いやった第3世代オタクの不寛容さに通じるのではないか。と考えてしまいます。

発信者の気概について

コンテンツを享受するのみならず、自ら行動して好きなものを共有・発信する気概を持つ人

このような人種の減少は、四国の4JF終了からもひしひしと感じたことでした。

4JF開催終了 四国ジャグラーは衰退するか?

大阪でも、練習会主催者の世代交代がうまくいっていなかったり、WJDin大阪(6月のジャグリングイベント)の学生スタッフが集まらなかったりといった話をちらほら聞きます(近畿の場合は社会人のおじさん達がパワフルな傾向もありますが)。イベントが碌にないところからつくった世代と、このコミュニティに来たときから既にあった世代の熱量の差なのでしょうか。あるいは、年上の世代が気づいていないだけで、今の学生には何か別の方向に熱量を注ぐ先を求めているのかもしれません。

 

...返事がない。ただの屍のようだ?

発信者側としての世代間の熱量の差に寂しさを覚えることに関しては共感する部分も大きいのですが、恋ダンスやRADメドレーを捕まえて「ジャグラーは死んだ」とするのは、ジャグリングの可能性を狭め、結果として「ジャグラー」の首を絞めることになるのではないかと抵抗を感じます。「モヤッ」の原因はここだと思います。
RADメドレーなんかは取り組みとして単純に面白いと思ったんですよね。主催者がもともとRADWIMPS好きで、映画の曲ヒットの機に乗じたのか偶然なのか不明ですが、『前前前世』縛りでなくRADのマイナーな曲も使用してたみたいなので。

 
Patioの恋ダンスは、コンテンツの選択自体は間違いではなく、ジャグリング普及の一環にもなりうる動画なんじゃないかと思います。OBとして厳しいこと言うと、やるなら絵コンテ練って原典への愛とジャグラーならではのアレンジをもっと込めろよとは思いました(そう、吉本新喜劇ver.のように)

www.youtube.com

ただ一番寂しいのは山本さんのこの記事に対して、当の「第三世代」達からのレスポンスが今のところ見当たらないところですね。見つけていないのか、関心がないのか、返す言葉をもたないのか...あんたら、「死んだ」言われてまっせ!

この記事に対しても、ご意見ご感想お待ちしています。
ではまた!

「正しい発声」について随分と誤解していた―鴻上尚史『発声と身体のレッスン』

どうも、ゴ~チョです。
現在、プライベートで「ジャグリング・ユニット・フラトレス」という団体で制作(ざっくり言えば裏方)の仕事をしています。演出要素にジャグリングを取り込んだ演劇作品がウリの団体です。

fratres.wp.xdomain.jp

この団体との絡みを機に、演劇関連の書籍をちょくちょく読み始めています。
15年前に出版された本の増補版なのですが、「発声」について色々と誤解していたことがわかったのでまとめてみます。役者に限らず、大道芸で声を出すジャグラーにも役立つ情報ではないかと思います。

鴻上尚史『発声と身体のレッスン』

発声と身体のレッスン 増補新版 ─ 魅力的な「こえ」と「からだ」を作るために

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発声やそれにまつわる事柄について、僕が強く思い込んでいたことから、なんとなくそうじゃないのと思っていたことまで5つほど並べました(実はもっとありましたがここでは5つだけ紹介します)

  1. 目指すべきただ一つの「正しい発声」がある
  2. 腹式呼吸のためには腹筋を鍛える必要がある
  3. 「ア、エ、イ、ウ、エ、オ、ア、オ」を力強く短く切って言う発声練習
  4. 滑舌の訓練といえば早口言葉や「外郎売り」
  5. 皆で掛け声を出してストレッチ

『発声と身体のレッスン』を読んでわかりましたが、これら全て誤解のようです。
書籍の内容と照らしつつ、ひとつずつ説明していきます。

 

「正しい発声」は一つではない

響いてよく通る声がいわゆる「正しい発声」と思われがちですが、著者鴻上氏の考える「正しい発声」とは"自分の感情やイメージがちゃんと表現できる声を手に入れること"です。感情やイメージによっては「よく通り、響く声」がふさわしくないときもあります。また、たとえ声帯に負担がかかったとしても「押しつぶした声」が感情やイメージに適っているのならばそれが「正しい発声」たりうるということです。ただひとつの「正しい発声」があると思い込むことは表現力の幅を狭めることにも繋がるといいます。

 

腹筋運動は"丹田"を意識するための手段に過ぎない

「正しい発声には腹式呼吸が必要」

ここまでは問題ありません。

腹式呼吸を身につけるためには腹筋を鍛える必要がある」

これは少し違います。腹式呼吸の際に重要となる"丹田"(臍のこぶしひとつ分下辺り)を意識しやすくするための手段として腹筋運動がよく採用されているというだけです。

 

発声練習は力んじゃダメ

「ア、エ、イ、ウ、エ、オ、ア、オ...」

発声練習と言えばコレ、みたいなところがありますが、スタッカートを利かせて力みながら勢いよく発声するのは間違いだそうです。声帯を守るためにもとにかく力まないこと。短く切って言おうとするとつい力んでしまうので、最初は「アーエーイーウーエーオーアーオー」と力を抜いて伸ばして発声します。その後で、力まないように注意しながら短く切った「ア、エ、イ、ウ...」をやっていくのが声帯に負担をかけない手順のようです。

 

感情やイメージを無視した早口では意味なし

早口言葉と「外郎売り」*1、滑舌の訓練といえばこれらのイメージですが、鴻上氏曰く、これらで練習した人が陥りがちな二つのクセがあります。

  • 言いにくい言葉を言う時に、緊張するクセ
  • 感情やイメージがない言葉を、一生懸命に言うクセ

この書籍で一貫して言われているのが、"発声のときに身体に余計な緊張を入れないこと"です。その主張を鑑みれば、上記の一つ目のクセがよくないのは言わずもがなですね。
二つ目のクセに関しては、こういった記述があります。

 俳優の仕事は、自分のしゃべる言葉に溢れる感情やイメージを込める仕事です。
(中略)
 ですから、「早口言葉」を言う時も、難しくて、同時に自分がイメージしやすいものを選んでください。そして、早口言葉と思わず、セリフのひとつとしてイメージして言うのです。

頭ごなしに早口言葉がダメというわけではなく、取り組み方の問題ということです。「外郎売り」については、およそ300年ほど前の文章に出てくる古めかしい言葉にどれだけイメージや感情を乗せてしゃべることができるかを問われます。俳優としてはただ早口で淀みなくしゃべれても意味はなく、言葉のイメージを持ちながら、かつ早口が求められます。早口言葉にしても感情やイメージを込める練習が必要になるわけですね。

 

ストレッチは"自分の「からだ」との対話"

演劇部や劇団での稽古で、あるいは運動部の練習前に、メンバーが円になって
「いーちにーさんしー...」
と言いながら掛け声に合わせてストレッチをする光景は想像に難くなく、みなさん馴染みのあるものだと思います。アレ本当はよろしくないらしいです。
鴻上氏はこう述べています。

 ストレッチとは、あなたの「からだ」とあなたの"対話"です。あなたの「からだ」は毎日、コンディションが違います。ストレッチは、あなたがあなたの「からだ」に、「今日の具合はどうですか?」と問いかけるものなのです。それを、中学や高校の時にやったように「いっち、に~、さん、し~」と円陣を組みながら、全員でやっては、まったく意味がないどころか、害悪になります。あなたの「からだ」の大切な声を、あなたが聞き漏らしてしまう可能性があるのです。 

ストレッチは一人一人が自分の「からだ」の声に注意しながら、自分のリズム、自分のペースですべきものということですね。

 

義務教育の体育か音楽の時間に教えるべきではないか

この書籍、いくら増補版とはいえ、メインとなる内容は初版とそうそう変わっていないはず。それなのに未だに発声や腹式呼吸に関する誤解が世間で払拭されていないのはいったい誰の怠慢なのでしょうか(それとも僕が情報弱者なだけですか?)
声優や俳優ほどではないにしろ、仕事で声を出す必要がある人って結構いるのではないかと思います大道芸人もそうだし、学校の先生も声使いますよね)。無理なく声を出し、ながく声帯を守るための「正しい発声」「正しい身体」のレッスン。この書籍にあるレッスンの一部の実践だけでも、あるいは知識だけでも役に立つ人は少なくないでしょう。


個人的には、"ダンスでリズム感や表現力云々..."という前に「正しい発声」について義務教育で教えるべきじゃないかと思いました。

ではまた!

 

発声と身体のレッスン 増補新版 ─ 魅力的な「こえ」と「からだ」を作るために

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*1:享保3年(1718年)に初演された歌舞伎の演目の一つ。今日ではその劇中に出てくる外郎売の長科白を指すことが多い。暗唱、発声練習や滑舌の練習に使われている。

ジャグリングが登場する作品の紹介(9)―袁藤沖人『ジャグリ』

どうも、ゴ~チョです。

今回の記事は『ジャグ作』9本目です。
もうお気づきかとは思いますが、このブログでの紹介順と、作品の新旧の順は必ずしも対応しませんのであしからず。あくまで僕の目に留まった順です。

袁藤沖人『ジャグリ』 全2巻

ジャグリ 1 (電撃コミックス)

ジャグリ 1 (電撃コミックス)

 

 

ジャグリ (2) (電撃コミックス)

ジャグリ (2) (電撃コミックス)

 

 ジャグリ=大道芸

「ジャグリ」

ジャグラーたちにとっては、すごくざわざわするタイトルですね。
英題の綴りは「juggle」でまさしくそのものですし。

 

舞台は中世のイスラム文化圏をモデルにした世界。
「砂漠の国」の第三王子のアムシャスは、王子であると同時に町なかのサーカス団「アラテュルカ・アラギュン」の団長も務めています。ここでいうジャグリとは大道芸全般を指すようです(なんだジャグリングじゃないのか...)。アムシャスの披露するジャグリは今日も拍手喝采。しかし客席のなかに笑わない女性が一人。実はその女性、父王が招いたロプ・ノールの民の姫巫女でした。ロプ・ノールの姫巫女は、笑えばその地に太陽を、涙すれば雨をもたらすとされ、普段から感情を封じています。父王はアムシャス含む3人の息子に「姫巫女に涙を流させた者を後継者とする」と告げました。しかしアムシャスはサーカスでの姫巫女の表情が気になったのか「俺は笑わせる!」と宣言します(いやいや王子よ)。さて姫巫女は感情を顕わにすることができるのか、後継者に決まるのは果たして誰なのか...

といったところが大まかなあらすじです。

 

「ジャグリ=大道芸」ということであまり物を投げたりはしないのですが、現代日本のジャグラーが「ジャグリング」と認識する動作をしている場面は2巻で登場します。しかもけっこう大事な場面です。

緻密な線で構成された壮大なアラビア世界

表紙を見ても分かるとおり、非常に緻密で細かい絵を描く方です。表紙の密度が本編でもずっと続きます。それをアシスタントに頼らず全部ひとりで描かれたそうで、大変な労力がかかったものと窺えます。市場のシーンなど、その場の活気や熱気もそのまま迫ってくるかのようです。


「これはイラスト用の描き方であって漫画の絵の描き方ではない」とする書評もいくつか見られました。確かに、絵の緻密さゆえに人物が背景に埋もれて物語を追いにくいところはあります。作者は元々はゲームのグラフィッカーだったということもあり、そのときの癖のようなものがあるのかもしれません。それも含め特徴かなと思います。

おっと流石に俺では五個が限界だッ

2巻の中盤あたりでお手玉(アストラガリ)が登場します。よくイラストで見かけるありえないシャワー軌道ではない時点で好感度大です。球を持つ手つきもリアル。何よりアストラガリを披露した人物(彼は大道芸人ではありません)のセリフが絶妙です。

「おっと流石に俺では五個が限界だッ」


「なぁに子供は飲み込みが早い
 六つ八つはすぐに覚えるだろう」

...趣味ジャグラーには胸に刺さるものがあると思います。5個まではなんとなく練習していてもできるようになってたりするんですよね。6個8個(なぜ7個を飛ばしたのか)になると挫折する人も多数出てきます。それを尻目にキッズジャグラーが平然と8個投げてるのを目の当たりにしたり...作者は個数と難易度の妙をよくご存じのようです。

広げに広げた世界観のその先は...

大道芸、王位継承争い、姫巫女の力、砂漠の大交易都市、過去の戦争、市民にはびこる大麻、ランプの魔神(出てきます)...魅力的な物語の要素盛りだくさんですが、これだけ盛りに盛って、全2巻。果たして消化しきれているのかどうか、それは読んでみてのお楽しみということで(察し)。よくよく取材されたのだと思います。取材して魅力的に感じたことって全部盛り込みたくなりますよね。


願わくば、30巻くらい費やして、この世界観を余すことなく伝えられるスケールの物語を読んでみたいものです。

ではまた!

 

ジャグリ 1 (電撃コミックス)

ジャグリ 1 (電撃コミックス)

 

 

ジャグラーは一度小林賢太郎作品を観よう―KAJALLA#2『裸の王様』感想

どうも、ゴ~チョです。

先日、小林賢太郎主宰のコント集団KAJALLAによる第二回公演『裸の王様』を観てきました。今回はその感想を書きます。公演にジャグリングが登場するわけではありませんが、ステージ上でジャグリングを絡めた公演を打とうとしている人には何らかのヒントを得てもらえるのではないかと思って書いていきます。(大層なこと言ってますが、ただ単にジャグラーにこの公演を紹介したいだけです)

 

まだツアー中ということもあり、コントのオチ部分や笑いの核になる内容は極力書かないように努めますが、一切のネタバレを嫌う方はそっとブラウザを閉じてください。そして、KAJALLA#2『裸の王様』を観てからまたこのページに戻ってきてください。コメント欄でおおいに語り合いましょう。

コントマンシップKAJALLA #2『裸の王様』

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幕間でも退屈させない工夫

『裸の王様』はオムニバス形式のコント作品群でした。K.K.P作品は一つの大きな物語の各所に笑いを散りばめた作りでしたが、KAJALLAではコントマンシップと冠するだけあって笑いの純度が高かったです。オムニバス公演やコント作品群の場合、幕間のセット切り替えでどうしても間が空いてしまいますよね。ある意味ここは観客の休憩時間。暗転した薄闇でうごめく人影は半分見ない振りをするのが暗黙の了解になっているかもしれませんが、『裸の王様』ではこの時間も目をそらすのはもったいない。シンプルな箱、木枠で構成されたセット群を積み木のように組み替えて、あるときははスツール、あるときはソファ、あるときはデスク、あるときはベッド、戸口になったかと思ったら次はコーナーロープ、次の場面が組みあがる過程を観るのも楽しいのです。組み替える途中に少し遊びを入れたりもするので、暗転したからといって気を抜いていると笑いどころをひとつ見逃したりします。

 

シンプルな箱を使った多様な表現はラーメンズの頃から顕著で、特に秀逸なのが『TOWER』の「名は体を表す」です。(この演目では幕間でなくコント中にガンガン組み替えてますが)


ラーメンズ『TOWER』より「名は体を表す」

 

アクシデンタルな演目がリピーターを呼ぶ?

映画やTVドラマと違って人がリアルタイムに動く演劇やコント作品は、毎回が一発勝負でやり直しが利かないというリスクをはらんでいます。人が演じている以上、厳密にまったく同じものというのは(映像作品として残すなら別ですが)二度とみられないとも言えます。しかし、その再現不可能性は逆に映画やTVドラマには出せない魅力たりうるのではないでしょうか。特に、笑いというのは予定調和を壊すことで生まれるともいわれていますから、コント公演において再現不可能性は大きな武器のひとつかもしれません。あえて台本を書かずに役者のアドリブに任せる「大喜利コーナー」とも呼べる時間を作るのです。『裸の王様』でも「ここ自由にやってるんだろうな、共演者ごと笑かせにかかっているな」と感じたところがありました。毎回違うものがみられそうなアクシデンタルな演目がひとつあると、「別の日程では何やるんだろう」という興味によって観客のリピート率が上がりやすくなるのではないでしょうか。


アクシデンタルという意味では、ジャグリングもその最たる例だといえます。この特性を上手く活かす方法を見つけられれば、舞台公演にジャグリングを取り入れる団体が増えるかもしれませんね。(実は小林さんと今回の共演者・久ヶ沢徹さんは『ロールシャッハ』という別作品で6リングパッシングを披露しています。既にジャグリングしてるじゃん!)

小林賢太郎演劇作品「ロールシャッハ」 [DVD]
 

 

他ジャンルへの興味の入り口としてのコント

『裸の王様』の中に、有名な狂言の作品からモチーフをとっている演目がありました。元ネタを知っていても知らなくても十分楽しめる内容でしたが、やはり元ネタを知っていた方がニヤッとできる箇所は多かったと思います。ラーメンズも含め小林さんのコント作品には文学作品など一見コントとは関係なさそうなジャンルの文化を背景に置くものがいくつかあります。そこには、自分の作品を入り口に他の芸能や文化活動への興味も広げてもらおうとする姿勢が窺えます。まるで「世の中にはコント以外にもたくさん面白いものがあるよ」と言われているようです。


銀河鉄道をモチーフにした作品


ラーメンズ『TEXT』より「銀河鉄道の夜のような夜」


●落語をパロディ化した「新噺」


ラーメンズ『ATOM』より「新噺」

 

古参のファンが喜ぶ「ネタのスターシステム

『裸の王様』にはラーメンズの頃からの古参ファンが喜ぶ小ネタが随所に散りばめられていた気がします。漫画家の手塚治虫がよく使った手法として、別作品の主人公を他の漫画のエキストラや別役で登場させるスターシステムというものがあります。『裸の王様』のそれはまさに「ネタのステーシステム」。今回特に感動したのが、ファンの間では大人気のあのキャラクターを再び見られたことです。決して初見さんを置いてけぼりにするような構成にはせず、それでいて、長く小林賢太郎作品に触れている人ほどニヤリとできる箇所が多い配慮は古参ファン(と自分でいうのはおこがましいですが)としてはありがたいことです。

 

※この辺の作品を見てから『裸の王様』を観るとより楽しめると思います。


ラーメンズ『home』より「ファン」

 

www.youtube.com

 


ラーメンズ『ALICE』より「バニー部」

 

●『GOLDEN BALLS LIVE』の「就職浪人ホームドラマ」と「語感祭り」

Rahmens presents 『GOLDEN BALLS LIVE』 NAMIKIBASHI Satellite mix [DVD]

Rahmens presents 『GOLDEN BALLS LIVE』 NAMIKIBASHI Satellite mix [DVD]

 

 

「おもしろい」の可能性を探求する人

以上、ジャグリングとほぼほぼ関係ない記事となりました。しかし、小林さんの「おもしろい」に対する探究心、観客を楽しませるための創意工夫は、コントの枠にとらわれずエンターテインメントに従事する人すべてに参考になるものなのではないかと思います。ジャグラーも然りです。
以前にこのブログで書籍を紹介した池田洋介さんも2009年のJJFワークショップで「小林賢太郎の作品が好きで、自分も影響を受けている」とお話されていました。

juggling-gohcho.hateblo.jp

 池田さんの作品が好きなジャグラーなら小林賢太郎作品もきっと好きになると思います。まだ観たことない人は是非一度。

ではまた!

 

動いてみよう・見てもらおう:"ギャップ"を明らかにする ― ジャグリング・ルーチンの作り方まとめ【ラスト】

どうも、ゴ~チョです。

ジャグリング・ルーチンの作り方まとめ最終章です。

ルーチンを作ろう(4)

前回までのおさらい

人前でジャグリングを見せるときは「ルーチン/ルーティン」と呼ばれる以下略
ルーチンを作る工程は以下略

  1. 曲を選ぼう
  2. 曲を分析しよう
  3. 自分ができること、したいことを整理しよう
  4. 実際に動いてみよう
  5. 人に見せて意見を聞こう

前回は「自分ができること、したいことを整理しよう」まで書きました。次は「実際に動いてみよう」「人に見せて意見を聞こう」について書いていきます。

"ギャップ"を明らかにする

「実際に動いてみよう」と「人に見せて意見を聞こう」をまとめて一回で書こうと思ったのには2つ理由があります。ひとつは、それぞれの項目について書くことがあまりないということ。もうひとつは、これら2つの作業は主観・客観に分かれているもののどちらも当初描いたルーチンのイメージと実際の動きとのギャップを明らかにする作業なのではないかと気づいたからです。

 

●実際に動いてみる⇒主観的なギャップを明らかにする

  • 想定していた技のリズム ⇔ 実際に技をしたときのリズム
  • 想定していた流れのスムーズさ ⇔ 実際に動いたときのスムーズさ
  • 想定していた技の安定度 ⇔ 実際に動いたときの安定度

 

●人に見せて意見を聞く⇒客観的なギャップを明らかにする

  • 自分が狙ったイメージ ⇔ 相手に伝わったイメージ
  • 自分が狙ったポーズ ⇔ 相手に見えていたポーズ
  • 自分が狙った盛り上がり(ジャンプポイント) ⇔ 相手が盛り上がったポイント

実際に動いてみよう

上でも少しまとめたとおり、実際に曲に合わせて動いてみることで、大まかに下記の3点が想定どおりかを確認します。そして、想定と異なるところがあれば逐次修正していきます。

  1. 曲のリズムに合わせて技ができるか
  2. スムーズな流れで次の技に移行できるか
  3. 技は自分が想定したとおりの安定度か

前回の記事でも触れましたが、ミケ派は"曲の分析"、"自分ができることの整理"、"実際に動いてギャップの修正"を同時並行で実行しているイメージです。

juggling-gohcho.hateblo.jp

 

技のリズムのギャップ

曲に合わせて動いてみると、どうも拍数が足りない/余る。そんなときは技の繰り返し回数を調整したり、入れていた技を削ったり、別の技を足したりしてみてください。技を開始するタイミングを前後にずらすのもいいかもしれません。全体的にあまりにも合わない場合は曲を編集してテンポを変えるか、思い切って曲を選びなおしてみてください。

流れのスムーズさのギャップ

自分で思っていたよりも技の流れがスムーズではない。それは練習を積むことで払拭されるかもしれませんが、何度試してもスムーズにいかない場合は技の組み合わせを変えてみるのも一つの手段です。

安定度のギャップ

同じ技でも、その技に単発で挑む場合と、ある一定の流れのもと挑む場合とでは勝手が違ってきます。ルーチンで想定した流れの中で安定して技を決めることができるかどうか。練習を積むことで安定度はある程度増しますが、ルーチン中の成功率が6割を切るような技は思い切って削ったほうがよいかもしれません。

人に見せて意見を聞こう

ここでいう「人」は、必ずしも他人でなくていいです。ルーチンを自撮りして、“ひと晩寝かせた自分”に見てもらって感想を記録するのでもよいと思います。本番前に一度、自分のルーチンを客観的にみる機会を設けるという点が大事です。経験者がいればより実用的なアドバイスをもらえるかもしれません。しかし、本番で想定される観客がジャグリング経験者でない場合は、むしろジャグリング経験のない人に見てもらって印象を尋ねたほうが建設的だったりします。

アドバイスを聞くときのポイントは以下の3つです。

  1. 自分がこのルーチンで伝えたい雰囲気・イメージは相手に伝わっているか
  2. 着地ポイント時のポーズ、ジャグリング中の姿勢は自分の想定どおりか
  3. 自分が狙ったジャンプポイントで相手は盛り上がってくれたか
イメージのギャップ

例えば、見る人の心が楽しくなるようなルーチンを作ろうとしてるとします。見てもらった人が違う印象を抱いた場合、それはなぜか掘り下げて聞いてみるとよいでしょう。もしかしたら、緊張で知らず知らず顔がこわばっていたのかもしれません。曲があまり楽し気ではなかった、あるいは動きがやや消極的だったということも考えられます。

姿勢のギャップ

自分ではジャグリング中に背筋をピンと伸ばしていたつもりでも、第三者から見てみると猫背になっている場合があります。技に集中するあまり、口が半開きになっていた、足ががに股になっていた。ジャグラーであれば、余程セルフイメージが正確でない限り一度は通る道なのではないでしょうか。

盛り上がりのギャップ

「どうだスゴイだろこの技、ドヤァ」と思っていても、見る側からするとピンとこない技というものも少なからずあります。たとえ盛り上がらなくとも玄人に伝わればそれでよしとするパートがあってもいいとは思いますが、ルーチンの一番の盛り上がりポイントには、やはり見る側が盛り上がれる技をいれたいものです。逆に演じる側からすれば省コストでも見る側としては盛り上がる技を見つけられればしめたものです。(そういった省エネ技ばかりだと自分自身がカタルシスを味わえないのがジャグラーの切なき性ですが...)

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とにかく作ってみましょう

以上、4部構成でお送りした「ルーチンの作り方まとめ」、いかがでしたでしょうか。いろいろ理論めいたものを書き連ねましたが、ルーチンは作ってみるのが一番。ルーチン作りの経験を重ねれば重ねるほど、自分に合った方法が見えてくると思います(当たり前か...)。あとは、上手い人の良いルーチンをたくさん見ることです。自分が「かっこいい」「素敵」と思ったルーチンと自分のルーチンの違いを比べてみると、自分が思い描く理想のルーチンが具体的なものへと近づいていくでしょう。

...今回の4部作は書く前にもう少し自分の中でまとめてから書くべきでしたね。反省

ではまた!

『猫』かわいいけど、『箱』にも気を配ってね ― ジャグリング・ルーチンの作り方まとめ(3)

どうも、ゴ~チョです。

ジャグリング・ルーチンの作り方まとめ第3章です。

ルーチンを作ろう(3)

前回までのおさらい

人前でジャグリングを見せるときは「ルーチン/ルーティン」と呼ばれる技のパッケージのようなものを作っておくと見せやすいです。ルーチンを作る工程は人によりまちまちですが、まとめると大体こんな感じになります。

  • 曲を選ぼう
  • 曲を分析しよう
  • 自分ができること、したいことを整理しよう
  • 実際に動いてみよう
  • 人に見せて意見を聞こう

で、前回は「曲を分析しよう」まで書いたので、次は「自分ができること、したいことを整理しよう」について書いていきます。

ルーチンの目的・目標を整理

自分がこのルーチンの中でやりたいこと、ルーチンの目的・目標を書き出します。これは、作っているうちにコンセプトがあっちこっちにぶれないようにルーチンの指針を固めるための作業です。書いていて気付いたのですが、曲もルーチンのコンセプトに大きく影響する要素なので、本来なら曲選びの前にこの作業をしておくべきですね...
ぴよっと花びらノートでは親切にも情報整理用のワークシートをダウンロードできるようになっているので、良ければ使ってみてください。

piyochan0blossom0.blog.fc2.com

外的制約と内的要因

じんさんのnoteでは、ルーチンの"Want"と"Have to"を「箱」と「猫」という言葉を使って区別しています。

『箱』・・・ルーチンの外枠のこと、どのようなパッケージで包むか。
『猫』・・・ルーチンの中身のこと

 

引用元:

ルーチンのつくり方 第一段階 〜がっこうぐらし!ルーチンの場合|じん|note

 

猫(want)やりたいこと
技、曲、印象、「大会で勝つ」など
箱(haveto)制約 と パッケージ
時間、天井・床、客層

 

引用元:

ルーチンのつくり方WS 記録|じん|note

 

例えば、結婚披露宴の出し物でジャグリングをすることになった場合は、以下のように整理できるかもしれません。

(外的制約:しなければならない/目的)

  • 持ち時間は5分
  • 乾杯から一時間後に開始 ⇒アルコール注意
  • 床はカーペット敷き ⇒ピルエット注意
  • 天井は低め ⇒ハイトスはしない
  • 周囲に割れ物あり ⇒道具が飛んでいくリスキーな技は外す
  • 舞台と観客席の床はフラット ⇒低い位置の技は見えにくいので外す
  • 披露宴参加者は共通の知り合いが多い ⇒内輪ネタには反応してくれる

 

(内的要因:やりたい/目標)

  • 二人を祝福する動き・技を入れる
  • Wedding関係の曲を使う
  • ウキウキさせるようなイメージ

ルーチンの作り初めのときは「猫」のほうにばかり意識が向いてしまいがちなのですが、ルーチンが"ウケる"かどうかのカギを握っているのは案外「箱」の方だったりします。足元でする技に自信があって、足元系の技を中心にルーチンを作っても、披露するのが足元の見えにくい会場であったりすると非常にもったいないことになりますよね。「箱」の情報はできるだけ多く仕入れておくこと、そしてそこから予想される制約を書き出しておくこと。できるだけ細かく、具体的な方がいいです。いいルーチンを作るときに見過ごせない作業です。


ただ、「披露する場は未定だけどとりあえずルーチンを作ってみたい」「外的制約なんて知るか、俺は自分が良いと思ったものを見せるまでだ」という方は、「箱」についてはいったん脇に置いて「猫」の方を考えていきましょう。

「箱」は具体的な方がいいですが「猫」として書き出すのは抽象的なイメージでもいいです。ただし、抽象的なイメージから出発しても、そのイメージを喚起させる動き・佇まい・表情といったものはどんなものか、具体的なレベルに落とし込んでいく作業は必要になってきます。落とし込みは「実際に動いてみよう」や「人に見せて意見を聞こう」の段階で取り組んでいきましょう。

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自分ができることを整理

ルーチンの目的・目標が整理できたら、次は自分が今の時点でできることを整理して配置を考えていきます。

できる技を系統ごとに書き出す

書き出せないくらいに十分な技数を持っているという方は、できる技の中で今回のルーチンに入れたい技をピックアップして書き出していくとよいと思います。いくつかの技を組み合わせた連なり(シーケンス)でもいいです。技の安定度も合わせて書いておくとルーチンの鬼門となるところや練習の勘所が事前にわかりやすくなるでしょう。「書き出す」と書きましたが技に関してはわざわざ文字に起こさなくても、動画で撮り貯めていったものを整理してもいいです。"ルーチンの部品にできるものを今どれくらい持っているか"を把握できるならどんな方法でもいいです。皆さんでやりやすい方法を見つけましょう。

ジャンプポイント用の決め技を割り振っていく

できる技のなかで、難易度の高いもの、見栄えの派手なものをピックアップしてジャンプポイント用の決め技を割り振っていきます。このとき、決め技直後の着地ポイント時のポーズと舞台上の位置も合わせて考えておくといいでしょう。ジャンプポイント・着地ポイントについては前回の記事「曲を分析しよう」で説明したのでそちらを参照

 

juggling-gohcho.hateblo.jp

 

基本的に1パートにつき1つ決め技が入る計算です。決め技の中にも難易度・見栄えの序列があるかと思います。一番の難易度・見栄えの技をどこに配置するか、これは曲の構成にも依りますし、ジャグラーの中でも意見の分かれるところです。代表的な2パターンを紹介します。

 

最後に入れる:ルーチンが進むにしたがって難易度を上げていき、最高難易度の技で締めくくる大団円タイプ
冒頭に入れる:ルーチン冒頭の疲れがまだ溜まっていないうちに最高難易度の技を決める安定重視タイプ

 

どちらも一理あります。個人的には「大団円タイプ」がパフォーマンスとしては好き(それに作りやすい)なのですが、ルーチンの安定度を高めるためには早めに難しい技を片付けてしまう考えもありかなと思います。まあ、実際の難易度が技の見栄えと比例するとは限らないのでジャグラー以外にあまり教えたくない情報ですが)、最高難易度を冒頭に入れつつ大団円風のルーチンを作ることも可能ではあります。

各パートに技を割り振っていく

決め技を割り振ったら、その技にたどり着くまでの技の流れを考えます。ルーチンの時間の流れとは逆に詰めていくわけですね。はじめから順番に技を積み上げていくよりも、「決め技をより映えさせるにはどういうつなぎ方がよいか」と逆算して技を割り振っていく方が構成しやすいと思います。このとき、曲の途中の特徴的な音に合わせられる技はないか、できる技のリストから目星をつけておくといいかもしれません。各パートに技を割り振っていく作業は実際に動いてみたほうがやりやすい場合もあるので、決め技を割り振った時点でいったんノートとペンを手放してジャグリング道具に持ち替えてみてもいいでしょう。

次は「実際に動いてみよう」

技の整理がある程度終わったら、次は実際に動いてみます。
次回はこの続き、「実際に動いてみよう」について書いていきます。
もしかしたら「人に見せて意見を聞こう」とまとめて書くかもしれません。

ではまた!