日々是ジャグリング

ジャグリングを通じて感じたこと考えたことを綴っていきます。

個性やオリジナリティが「色」だと思うと苦しくなる

みんな俺色に染めてやるよ、ゴ~チョです。
ところでこのセリフの元ネタってどこなんでしょうか。出典を添えずに引用してしまったので、「オリジナル」を名乗る人にパクリだと怒られたら謝るしかありません。もしご存知の方いましたら教えてください。

個性が「色」だと思うと苦しくなる

まずはコチラの作品をご覧ください、もう3年も前のものですが。童謡の『どんな色が好き』に合わせて名古屋でシガーボックスのパフォーマンスをしたときの動画です。

 


どんな色が好き(cigarbox juggling)

 

観ていただいた方には「どうやって思いついたの?」「頭のいい人が考えたやつだ...」「発想がすごい」と概ねポジティブな反応をいただきました(手前味噌フルコース)

 

真似できないと捉えられたのか、真似する価値もないと捉えられたのかはわかりませんが、その後類似のパフォーマンスないし技をしている方は見かけたことがありません(それはそれで寂しい気もしますが)。総じて「オリジナリティ溢れる...」と評されるこの作品ですが、実は元ネタがいくつかあります。

ひとつが、アメリカのジャグラーMichael Karas氏のリングによる作品『3 Color Change!』です。


3 Color Change!

初見では「編集か?」と思いましたがノーカットです。Karas氏は天才かと思いました。“裏表がある道具による不思議現象”という要素をいただき、同じことをシガーボックスで挑戦しますが、シガーボックスはリングのように首に掛けておくことができない...

そこで参考にしたのが、JJF2004チャンピオンシップ銀賞のCumeさんの技です。Cumeさんはデビルスティック使いです。通常2本しか使わないハンドスティックを3本使い、センタースティックをアイドリングしつつアゴの下や脇、脚に挟んだ3本目のハンドスティックを次々と交換していく技(Cume Cascadeをします。“いったん使わない道具を脇や脚に挟んでおく”という要素をいただきました。

言い方はアレですが、実は僕の作品は“パクリの詰め合わせ”なんですね。

マネしちゃいけないと思い詰めすぎると身動きがとれない

ジャグリングを始めて最初のうちは、上手な人のまねをして、同じ技ができるようになるだけで楽しかったはずなんですよね。でも、大会を目指したり、他の人と自分を比べ始めたりしたときに、「オリジナリティ」やら「個性」やら「パクリ」やらの言葉が否応なく気になってきます。
オリジナリティとは怖い言葉で、突き詰めていけば、じゃあカスケードはカスケードを最初に考えた人以外がやるとパクリになるのか、そもそもボール3つを投げること自体、いやそもそも後ろ足で立って歩くこと自体ご先祖様のパクリなのではないかとキリがありません。よくよく考えてみればジャグリングに限らず、しゃべること、歩くこと、服を着ること、文字を書くこと、etc...何かを学ぶ際、僕たちは先人の模倣から入るしかないんですよね。「学ぶ」の語源は「真似ぶ」から来ているともいわれていますし。

とは言え、丸ごと模倣したままでは芸がない。という素朴な、率直な感覚があるのも確か。
パクリ、パロディ、オマージュの違いについてはこれまで様々な人がわかりやすくまとめてくださっているのでここでは説明は割愛します。

僕が敬愛するラーメンズ小林賢太郎氏の著作『僕がコントや演劇のために考えていること』には、こういった記述があります。

映画だろうと食べ物だろうと、「好き」と思ったら、それがなぜ好きなのか理由がわかるまで考えます。そこに「わけもなく好き」とか「なんとなく好き」なんてことは絶対にありません。そこで自問自答をやめては負けだと思うくらい、厳しく追い込みます。「好き」には必ず理由があります。
「何が好きか」だけを集めても、それらを真似た作品しかつくれません。しかし「それがなぜ好きなのか」ということは、自分の中に答えがあることです。オリジナルを生み出すためのヒントをつかめるのです。

僕がコントや演劇のために考えていること
 

 

ことジャグリングに関して言えば、ジャグリング以外の「好き」についても同じように掘り下げていくことをお勧めします。ジャグリングが好きでジャグリングをやっている人に、ジャグリング以外の「好き」を掘り下げろと言うのはいささか酷かもしれません。ただ、僕自身の好みの傾向もあると思いますが、僕が「おっ、面白いな」と思う作品を魅せる方は、ジャグリング以外にも趣味をもっている方が多い気がします。

個性は複数の糸で織りなす「布」

f:id:juggling-gohcho:20180212140200p:plain

冒頭で引用?したセリフもそうですが、個性は「色」によく喩えられます。しかし僕のイメージでは、個性は一種類の色というよりも複数の色のパターンではないかと思っています。様々な色の「糸」をどのような組み合わせで、どのような割合で織りあげていくかによって、出来上がる「布」は数えきれないほどのパターンを持つことになります。もちろん「真っ赤な一色染め」のような強烈な個性を持つ人も稀にいますが、遠目には鈍い色に見えたけど近づいてみると実は複数の色がたくさん隣り合っているような、点描画のような個性も魅力的ではないでしょうか。


こちらの記事では『クリエイティブの授業 STEAL LIKE AN ARTIST "君がつくるべきもの"をつくれるようになるために』という書籍に登場する芸術家たちの“オリジナル”に関する名言が紹介されています。

www.ikedahayato.com

なかでもゲイリー・パンターさんのこの言葉が僕は好きです。

君がたった1人の影響しか受けていなければ、君は第2の○○と呼ばれるだろう。だが、100人から盗んでしまえば、"君はオリジナルだ!"と言われるのだ

自分の心を動かす「好き」は大事にしたい

定期的にTwitterのジャグリングタイムラインに浮上する「パクリ」「オリジナリティ」談義がまた見かけられたので僕自身の考えをまとめてみました。僕自身もかつて「オリジナリティ」という言葉に囚われすぎてジャグリングが楽しくなくなっていた時期があったのですが、今の考えに至るようになってまた楽しめるようになりました。もし同じように今思い悩んでいる方がいれば、少しでも肩の力を抜かせられたらいいなと思います。

ではまた!