日々是ジャグリング

ジャグリングを通じて感じたこと考えたことを綴っていきます。

【感想】Juggling Story Project 第3回公演『春告鳥に花の香りを』

こんにちは、ゴ~チョです。

今回は3月4日・5日に上演されたJuggling Story Project 『春告鳥に花の香りを』
の感想を書いていきます。

変わったのは「声」だけではない

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juggling-story-project.com

 

Juggling Story Project(以下JSP)は京都を拠点に学生中心で活動する団体です。
今作『春告鳥に花の香りを』で公演は3回目になります。
過去作品との大きな違いは
今回初めて有声話者を含めたお芝居に挑戦することでしょう。
界隈でもその点が一番注目を集めたのではないかと思います。
しかし、変わったのは「声」だけなのでしょうか。
以下に僕なりの視点を記します。

 

物語の中のジャグリングの立場

物語の中にジャグリングを入れ込む場合、
大きく分けて下の2つのタイプがあると思っています。
どちらも前提として「ジャグリングは日常動作の中で異質」ということを
念頭に置いています。

 

◆非日常の中の日常(Aタイプとします)

  • ジャグリングが当たり前の世界。ルーチンが始まることに特段の説明は不要。
  • 基本的に提示されている「世界」は一つ。
  • 何らかの形で「世界」の説明をしないと観客は置いてけぼり。

 

◆日常の中の非日常(Bタイプとします)

  • ジャグリングは異質のもの。ルーチンには何らかの説明が必要。
  • 「世界」は2つ提示される(日常の世界と非日常の世界)。
  • 日常世界については観客との共通認識によってイメージを補える。

 

これまで物語仕立てのジャグリング公演ではどちらのタイプが
多かったかというと、Aタイプです。『GEAR』もこちらのタイプですね。

Aタイプが便利なのは、いったん世界観の共通認識を得てしまえば
ルーチンが始まる意味を随時説明する必要がなくなる点です。
この共通認識に関して、
京都大学のドーナツライブが積み上げてきたものは大きいと思います。

JSPもドーナツOBの方を中心にして結成されたこともあってか
過去2作はAタイプでした。
つまり、“ジャグリング学校がある世界”“ジャグリングが貴族の嗜みである世界”
という、設定自体が現実離れした非日常の世界でその世界の住人の日常を描いた作品です。
(事件が起こらなければ物語は進まないので「日常」とも言い切れないのですが...)

一方の今作は、一見ただの骨董屋という日常世界で
モノの思念という非日常世界を垣間見るという形式をとっています。
つまりBタイプです。

今作で、物語の中のジャグリングの立場が大きく変わりました。

 

話さない理由としての住み分け

なぜBタイプに変えたのでしょう。
今回、JSPの公演は「言葉」を手に入れました。
Story(物語)に重きをおくうえで
「言葉」は必要という結論に至ったのではないかと思います。
「言葉」を手に入れることで物語中に伝えられることは増えます。
しかし一方でジャグラーが話さないことがどうしても目立ってしまいます。
同じ平面に立っているはずなのに「言葉」で意思疎通ができないジャグラーと話者。
日常ではありえない光景。
それならばいっそ世界を2つに分けて
ジャグラーは異質な者として非日常側に逃がしてしまおう。
モノの精は人語を話せない。意思疎通にはジャグリングを用いる。
骨董屋の主人は唯一モノの声を翻訳して話せる。

そのように設定することで話者とジャグラー
一つの物語に共存させることに成功したのです。

日常と非日常が同時に存在するBタイプの構造は
ジャグラーと話者の「住み分け」には調度よいのではないかと思います。
そして、この方法は、ジャグリング・ユニット・フラトレスが多用する
「コロス」という手法によく似ています。

ameblo.jp

 

今後の方向性は

Bタイプであれば有声劇によるジャグリング公演が作りやすいのは確かですが
声劇によるジャグリング公演ならばBタイプが正解なのかというと
必ずしもそうとは限らないと思います。
ジャグラーも劇中で話せたら、もっと言えばジャグリング中にも話せたら
文字通り、話は変わってくるでしょう。
演者全員が話せるならば、Aタイプの作品を有声で作ることも可能なはずです。

ジャグリング・ユニット・フラトレス第2回公演『白い花』では、
話していた人間がコロスになる、コロスだった人間が声を発する、ジャグリング中に話す等
「住み分け」から一歩踏み込んだことにも挑戦しているように見えます。


JSPは今後、
フラトレスと同じ道を沿ってゆくのか、
今回見つけたこの手法を突き詰めていくのか、
また新しい手法を模索するのか...
主催者のみぞ知るといったところですが、気になるものです。

 

次回作こそ正念場か

と、ここまで各ルーチンの感想を期待した方はごめんなさい。今回は個々の演目よりも構造の変化に意識が向いてしまいました。ルーチンの良さは言わずもがななんです。

今回の作品で、JSPは大きな一歩を踏み出したように思えます。
その分、二歩目の取り方によっては大きくよろめく可能性もあるでしょう。
二歩目をどこに踏み出すか、次回作にも注目したいと思います。

ではまた!